4年前にレッドラインという作品を書き終えて、いや実際は芝居を見終わってなんだけど、ふと思いだしたことがあったのです。
それはこの本のこと。
別に宣伝じゃないんだけど。
新井素子さんの「ひとめあなたに…」という小説。
ご存知ですか?
僕はこの本を大学二年、二十歳の時に読みました。当時演劇系の雑誌か何かに掲載されていたエッセイに「芝居をやっているものはこの小説を読むべきだ」って書いてあったんです。誰がそう書いたかは忘れました。確か有名な劇作家さんでした。
ただ新井素子という作家さんには興味があったので「そうか芝居をやっている人間は読むべきなのか、じゃあ読もう」とその足で本屋に行って購入したのです。
あらすじはね、調べてくれればいいんですが。
簡単にいうと、一週間後に隕石が落ちてきて地球が滅亡しちゃうという設定の中、一人の練馬に住んでいる女の子が別れた恋人にもう一度会いたいと思って、元恋人の住む鎌倉まで歩いていく。その途中で滅亡を前に常軌を逸した女性や、自分の世界から抜けられなくなってしまった女性などかなりホラーチックに描きながら、そんな女性たちと出会うことによって徐々に主人公の女の子が成長していき、そして最愛の人と出会い…
多分そんな話。
1981年刊行なので、僕が読んだ時はすでに10年近く経っていたわけで、今は30年経ってしまってますねえ。一時は絶版だったのですが、最近復刊されてたようです。年月がたっても充分に面白いです。
独特の文体からライトノベルの元祖みたいな言われ方をされていますが、バリバリのSF作家だし、けっこう重い話もかいてらっしゃいます。この小説を機に新井素子さんは読みまくったなあ。グリーン・レクイエム(これは傑作)とか絶句とかネプチューンとかラビリンスとかおしまいの日とか…
時たま表紙がかの吾妻ひでおさんの表紙だったりしたので、男は買いづらいなあと思ったりもしたのだけど… その辺の話を書き出すと止まらないので…
で、何でしたっけ?
そうそう「ひとめあなたに…」
この小説をなぜ芝居をやっているものは読むべきだってその時劇作家さんが書いたのか、当時の僕はわかりませんでした。
ただ面白い作家さんを見つけた〜というだけだったのです。
その後十数年たって、僕はその真意がやっと分かった気がしたのです。そのきっかけがレッドラインです。
「ひとめあなたに…」は地球に隕石が落ちてきて一週間後に滅亡するという大きな設定をしながら、政府だの科学者だのNASAだの、いわゆる国家や世界の話が出て来ません。アルマゲドンみたいに命をかけて隕石をなんとかしよー!という話も出てきません。
マクロの設定はドデカイのに、話は女の子が鎌倉まで歩いて行くというとってもミクロな話なわけです。
つまりですね、芝居ってのはそういうものだろと。
いかにマクロな設定でミクロな話をやるか、それこそ演劇・芝居の見せ方じゃないかと、そう思ったわけです。
レッドラインだって、本当にあの設定でマクロな話を書こうと思ったら世界中を巻き込まないと成立しません。日本が本気で内戦なんて起こしたら、ギリシャ危機どころじゃないです。当然、米中韓露の四国は介入してきますし、やれ政府だ自衛隊だ金融経済危機だと、とてもじゃないけど演劇でやるスケールでは収まりません。演劇が出来るのはそういう設定をしておきながらミクロにミクロに狭めて行って、最終的に相原さん家の居間という小さな空間で大局をみせることなのです。
逆に言うとそれこそが芝居の醍醐味なわけです。
きっとあの時の劇作家さんは、そういうことが言いたかったのではないかと、ふと思ったのです。演劇でできること、演劇でしかできないことというのがある。それを見極めないと大やけどをするよって。(もしかしたらすでにそのエッセイの中にそんな答えが書いてあったのしれないんですけどね…そういうのは全部忘れてます)
奇しくもレッドラインは「ひとめあなたに…」と同じような構造で書いていたのです。
そういう意味では「ひとめあなたに…」はとても演劇的だし、レッドラインも演劇的なんだなと改めて思ったわけです。
うーむ、レッドラインはいい作品ですよ。
ですので、チケットはお早めに、ね。
http://www.gekidan-boogiewoogie.com/decade/index.htm
そうそう、最後に。
「芝居をやっているものは新井素子の「ひとめあなたに…」を読むべきですよ」
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